カテゴリー別商品情報 by RAKUTEN WEBSERVICE
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価格 : 1,080,000 (税込)
ショップ : 株式会社 ル・パルナス

当社で新車よりお世話をしているパンダです。車名'2000フィアットパンダ ホビースタイル色乗員全長・全幅3ドアハッチバック白4335/150(cm/cm)総排気量モデル年式走行距離トランスミッション1100(cc)2002年式43000(km)5Fマニュアル 装備初年度登録日車検満了日修復歴・箇所14年11月21年11月無 お問い合わせ先株式会社ル・パルナス・渋谷・03-3416-8547
価格 : 980,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名ダイハツ■車名オート三輪■グレード2トン積ロング高床 13尺■年式昭和47年式■走行距離 ■車検有効期限 ■ボディタイプ商用13尺トラック■色純正グリーン仕上げ■修復歴なし■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッションコラム4速■排気量1860cc ガソリン■乗車定員3人乗名■型式CO13T■装備Nox非適合■昭和47年の出来事◎グアム島で横井庄一元軍曹発見◎冬季オリンピック札幌で開催◎ジャネットリン人気◎連合赤軍浅間山荘事件◎奈良明日香村高松塚古墳◎沖縄本土復帰◎田中角栄・日本列島改造論◎米国ウォーターゲート事件◎カシオパーソナル電卓発◎ミュンヘンオリンピック開催◎アポロ16号月面着陸◎大阪千日前デパート火災◎パンダが上野動物園に到着◎四日市公害訴訟、森永砒素ミルク◎木枯し紋次郎◎学生街の喫茶店◎男の子女の子◎瀬戸の花嫁 ◎ドカベン、ベルサイユのばら ◎川端康成自殺。body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}21世紀の現在、オート三輪を街で見かける事はもう無い。今オート三輪を街で走らせたら、多くの人は好奇の眼差しを向け、時に開いた口が塞がらなくなり、時に思わず笑みを浮かべてしまう。おもしろかったのは…観光バスの運転手さんがこの三輪を目にしたとたん、後続のバスに無線連絡をしていた。「おい 見てみろよ。すごい車が走ってるぞ」最後のオート三輪マツダT2000が生産終了してから33年余。まずお目にかかれないオート三輪。しかし日本の自動車の歴史を・・そして日本経済史を語る上でオート三輪は欠かすことができない。 日本における最初のオート三輪は大正時代にも遡り、足踏み式三輪車が存在する。自転車の前輪が2本後輪が1本のタイプ。ぶっちゃけて言えば車輪の多い自転車なのだが、安定性と荷物を運ぶのに、普通の自転車より荷物運搬能力は格段に進歩した。名称は「フロントカー」。中小事業者でかなりの需要があった。当然多くのメーカーが「フロントカー」の生産に乗り出すわけだが、その中でも《中島商会》製の「ヤマータ号」は、モーターやエンジンを海外から輸入し、後輪駆動(いわゆるFR)のバイク型に発展させたのが特筆される。その後しばらくオート三輪市場は、雨後の筍のように大小のメーカーがひしめき合い、無名メーカーがしのぎを削ることになる。不思議なことに、、既存の自動車メーカーが参入する時期はかなり後になる。昭和初期には国産エンジンの三輪が出始める。その中でも「ニューエラー号」は、のちに「くろがね号」として一世を風靡する。この開発者は純国産4輪車「オートモ号」の開発者でもある蒔田鉄司氏だ。発動機メーカーであった発動機製造株式会社は「ダイハツ号」を。東洋コルク工業株式会社は「マツダ号」を発表。そう!今やムーブ・タント・テリオスなど小型車のシンボルである《ダイハツ》、RX-8・ロードスターなどスポーツカーやロータリーエンジンで有名な《マツダ》は元々各分野を経てトラックメーカーだった。では昭和10年頃の三輪トラックを羅列すると、、ダイハツ・マツダ・くろがね・ウェルビー・ヂャイアント・ホクソン・ヒラノ・ヤツカ・陸王・昭和・ヤマータ・クラブ・アジアetc・・聞いたことも無いモノがたくさんある。特に陸王なんてオートバイファンならよだれが出そうだ。その後度重なる戦争を経て三輪に対する規制も強化され、昭和27年頃には、ダイハツ・マツダ・くろがね・みずしま・オリエント・サンカー・ホープスター・アキツ・ダイナスター・ヂャイアントなどのオート三輪が名を連ねるが、次第にダイハツ・マツダ・くろがねの大手3大メーカーと言う図式が成り立っていく。話はそれるがホープスターは、のちに4WD車を生産。そしてその製造権を《スズキ》に譲り、ジムニーとして脈々として受け継がれていく。さて昭和30年代も半ばになるとオート三輪から4輪トラックに移行し、既存の各自動車メーカーからも続々と4輪トラックが発売されオート三輪の居場所は次第になくなって行く。そして4輪への脱却を図れないメーカーは、他メーカーに吸収されることになる。オリエントは日野に、アキツはダイハツに、ヂャイアント・くろがねは日産に・・・これぞまさに自然淘汰である。日本の戦後復興そして高度成長を支えてきたオート三輪だが、昭和40年代半ばには《ダイハツ》《マツダ》《新三菱重工》の3社となり、昭和47年にダイハツが、49年にマツダが最後の1台をラインから送り出し、長い長いオート三輪の歴史に幕を引くこととなる。ちなみにオート三輪最大の利点は、その『小回り』にあり、九十九折の山道を木を積んで運ぶのには最高であった。 そしてその性能は現行の新型4輪トラックでも足元にも及ばない。 日本の経済成長の一翼を担い、街に山に資材を載せ走り回ったオート三輪。 老兵は死せず!今でも現役で「幸せ」を運び続けている。 さて現車を見てみよう。 8年ぶりに路上復帰したCO13T。 13尺のロングだ。 マツダも珍しいが、ダイハツはより希少。 当店に入庫してから、 35年間の垢を落とし、外装を塗装し直し、 荷台はコンパネを張り直した。 キャブレターもOH。 燃料系、水周り、ブレーキ周りも手を入れて、 あとは、サイドブレーキのワイヤー交換を残すのみ となっている。 お約束のシート切れがあるが、 張り替えてもよし、カバーにて対応するもよし。 いつ見ても、オート三輪の雄姿は、万人の心を捉えるようで、撮影時も多くの人が集まり、なかなか撮影が進まなかった(笑)。遠足に来ていた幼稚園児達は、まるで怪獣を見るかの如く、目を見張り、引率の若い先生も開いた口が塞がらない。元材木商という70代半ば?の男性は、時に目を潤ませ、切々と当時の思い出を語る。若いお兄さんは、「すげーっ」を連発。カスタムしてはいかが?オート三輪のローダウンなんて見たことねーっ。 老若男女を唸らすオート三輪。 名立たる名車よりも、人の笑顔を引き出す唯一の存在と言っても過言ではないだろう。そして絶版になって、35年が経とうとも、その座は当分譲りそうにも無い。
価格 : 41,790 (税込)
ショップ : 理科学習実験教材販売のひだまり

今から12年ほど前のまだ若かりしころ、深夜の見通しの悪い双方とも一旦停止の交差点で出会いがしらの事故を起こしました。 私は停止線で一度車を止め、ゆっくり発進したのですが左から車が停止線を無視して突っ込んできました。 速度も出して居らず、一旦停止もしていたのですが初めての事故で動揺していた為、事故時の状況など正確に伝えられずに私の不注意と言うことで片付けられてしまいました。 2ヶ月ほどもめにもめた挙句、いつの間にか完全に私が悪い形となり保険賠償比率9対1で 釈然としない結末になってしまいました。 目撃者でもいれば 私が一旦停止を行っていた事が証明できたのですが深夜2時ではそれを望むこと自体土台無理な話なのだと痛感。 あの時に『どら猫2』が装着されていれば自分がどの様に運転していたのかを 客観的に証明でき悔しい思いをせずにすんだと思います。 (京都30代男性) 中央分離帯のある片側二車線の道路の追い越し車線を走行中、前方で止まっていた車が急に右ウインカーを出して車線変更をしてきました。 こちらはあわてて急ブレーキと急ハンドルで、相手の車には衝突しませんでしたが中央分離帯へ衝突してしまいました。 しかし相手は、確かにウインカーを出して車線変更しようとしたが、途中で車が来ていることを認識して止まり、私の車の進路はふさいでないと言い張りました。 さらに警察からも、相手に衝突していないので、立証は難しいと言われ、また、私が怪我をしていたこともあり、立証できない場合は、私本人に対する人身事故で、刑事処分・行政処分が発生する場合もあると脅されました。 もしこの事故の時に『どら猫2』が付いていれば、実際に相手と衝突していなくても、相手の過失を問える証拠となりえるのではないかと思いました。 (東京20代男性) ・30コマ/秒 のスムーズ映像を20秒間記録・衝撃の種類を2種類に分けて記録、さらに手動での記録にも対応・記録を開始する衝撃の強さを10段階で設定可能・標準添付のCFカード(128MB)で最大12件のデータ記録可能(直近の)・大きな衝撃にも耐えるマグネシウム合金を筐体に採用・万が一、大きな衝撃で電源が途絶えてもその瞬間のデータは記録・設置は本体をルームミラーの裏のフロントガラスに貼り付け、 電源をシガーライターソケットに挿すだけ・ビューワーソフトはCFカードに内蔵、インストールせずに使用可能・30万画素CMOSカラーセンサー・記録画像は、640×400ピクセル・広角レンズ採用で、横方向107度、縦方向79度 ●どら猫2 DR3015(本体) ・外形寸法 110(W)×80(D)×38(H)mm・重量 110g ※1・撮影素子 CMOSカラー・水平画角 107度・垂直画角 79度・画素数 30万画素・有効画像サイズ 640×400・電源電圧 DC12/24V ※2・記録メディア CFカード128MB・記録トリガー 加速度、録画ボタン ・画像記録データ 30fps 20秒 ●どら猫Viewer仕様 ・稼動条件 OS Windows2000.WindowsXP (home.Pro) Celeron 2GHz以上推奨 メモリ 256MB以上推奨 CFカードリーダーライター※1 どら猫本体のみの重量になります。CFカード、ケーブル類の重量は含まれておりません。※2 一部シガープラグから電源供給できない車両もございます。本製品にCFカードリーダーライターは付属しておりません。お客様にてCFカードリーダーライターをご購入ください。 ドライブレコーダー・一般用「どら猫」は、自動車事故の衝撃や急加減速などをトリガー(きっかけ)にし、そのトリガーの瞬間の前15秒、後5秒の映像を記録する装置です。走行中はフロントガラスに取り付けたカメラで前方の様子を撮影し続け、一定以上の衝撃を感知すると、1秒間30フレーム(30画像)のなめらかさで合計20秒間を記録をします。 事故を起こした場合必ず目撃者がいるとは限りませんし、当事者同士でも食い違った部分が多く発生し得ます。そのような時に参考資料としてドライブレコーダーで録画した事故状況が、あいまいな部分を回避できるツールとなるでしょう。例えば交差点での事故の場合どちらが信号を守っていたか、優先道路はどちらだったか、交差点での見通し状況はどうだったかなども画像から判断できるひとつの材料になります。また自分の車の前の車が事故を起こした場合、直後に手動トリガーを押すことにより事故状況を録画してあげることも可能です。
価格 : 1,680,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名 日産 ■車名 フェアレディZ ■グレード 2シーター ■年式 昭和52年式 ■走行距離 記録簿なしのため走行不明 ■車検有効期限 ■車体ナンバー下三桁 742 ■ボディタイプ 3ドアクーペ ■色 レッド ■修復歴 あり ■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッション フロア5速 ■排気量 2800cc ガソリン ■乗車定員 2人 ■型式 S31改 ■装備 L28公認・SOLEX公認・動力伝達装置公認・懸架装置公認。 オーバーフェンダー、FRPボンネット、フロントスポイラーなど ■昭和52年の出来事 ◎「ロッキー」 ◎「幸せの黄色いハンカチ」 ◎「岸辺のアルバム」 ◎沢田研二「勝手にしやがれ」 ◎石川さゆり「津軽海峡冬景色」 ◎千昌夫「北国の春」 ◎イーグルス「ホテルカリフォルニア」 ◎アバ「ダンシングクイーン」 ◎青酸コーラ事件 ◎映画「スター・ウォーズ」 ◎王選手756号ホームラン世界記録 ◎ベイシティローラーズ来日 ◎失神 ◎日本赤軍ハイジャック。 body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}.red {font-size: 12px;color: #ff0000;font-weight:bold}日産 フェアレディZ 2シーター 2800cc改 ソレックス3連 フロア5速 窓際に追いやられた技術開発者たち、、 0からの発想、、 アルファベット最期の文字「Z」。 究極を意味すると同時に「最期の土壇場」を意味し、 限られた少ない予算と周囲の冷ややかな反応からスタートした スポーツカー開発計画。 それは「Z計画」と名づけられ、 土壇場に追いやられた開発者達の執念から実った。 どうせなら世界に通用するスポーツカーを! 当時現行だったダットサンフェアレディの 華麗なる大変身。 しかし道のりは遠く、そして険しかった。 低いフロントノーズに納まらないL型エンジン。 立ちはだかる世界の規制、発売日の延長・・ どれをとっても苦難の道のり・・ ただしこの苦難が後に大きく実を結ぶことになる。 アメリカのハイウェイでテスト走行中、 パトロールの警察官が 「この車が世に出た時、俺が真っ先に買うよ」 という逸話は有名。 「究極の」Zは、まずアメリカで爆発。 生産が追いつかない嬉しい悲鳴。 発売から35年経ても色あせることの無い「究極の淑女」を、 4年経つと色あせていく現行車と是非比べていただきたい。 その時初めて「Z」の持つ意味と 深い歴史を知ることになるのだから・・・ さて、、 現車を見てみよう。 お約束のL28搭載した公認車。 もちろん気化器はSOLEX3連。 オーバーフェンダーにフロンとスポイラーは、方程式通りの様相だ。 後付のサンルーフが、開放感を演出する。 珍しくシートはオリジナル。エアコンの設定はないが、この車に関しては、不要だろう。ダッシュに割れがあるが、カーペットカバーをお付けしよう。どんなシーンにもはまる車もそうそうない。フェアレディZは、そんな希少な存在だろう。
価格 : 500,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名 ホンダ ■車名 シビック ■グレード RSL ■年式 昭和50年式 ■走行距離 記録簿なしのため走行不明 ■車検有効期限 平成20年11月 ■車体ナンバー下三桁 300 ■ボディタイプ 3ドアハッチバック ■色 オレンジ ■修復歴 あり ■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッション フロア5速 ■排気量 1500cc ガソリン ■乗車定員 5人 ■型式 B−SH ■装備 エアコン ■昭和50年の出来事 ◎ボクシング輪島功一王座奪還◎寒波裏日本豪雪 ◎新幹線博多まで開業◎ベトナムサイゴン陥落 ◎暴走族各地で暴れる◎東京新橋駅で内ゲバ800人乱闘 ◎足利銀行女子行員2億円横領で逮捕◎日本赤軍過激派を釈放 ◎昭和天皇初の公式記者会見◎北海道の炭鉱事故続発 ◎3億円事件時効成立◎室蘭本線で最後のSL運転 ◎欽ちゃんのドンとやってみよう◎テレビ3面記事ウィークエンダー ◎港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ◎シクラメンのかほり ◎およげ!たいやきくん◎青春の門 ◎ジョーズ body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}.red {font-size: 12px;color: #ff0000;font-weight:bold}ホンダ シビック RSL B−SH型 フロア5速 3ドアHB 昭和47年に登場した 初代「シビック」。 着地面積を大きく取り、安定性を考慮した 台形型のデザイン。 必要最小限ながらも、 最大限の有効活用を得られるように設計された 小さめな2BOXは、、 世界的な厳しい排気ガス規制にも ホンダ独自の理論を実践した 「CVCC」エンジンで、 世界初のクリアをしてみせる。 昭和51年には、発売4年というスピードで、 販売累計100万台を突破。 世界のホンダを誇示。 その技術力は、多方面からの支持を受け、 国内「カー・オブ・ザ・イヤー」3年連続受賞。 ヨーロッパ「カー・オブ・ザ・イヤー」では、 国産車初の入賞。 アメリカ「カー・オブ・ザ・イヤー」でも、 輸入車1位に輝く。 数々の受賞歴でも、おわかりいただける通り、 まさに名車中の名車なのだ。 規制前に発売された 「RS」ロードセーリングは、 京浜製のツインキャブで武装。 5速ミッションを介して、 ワイドタイヤが標準装備されるなど、 スポーツ心をくすぐった。 しかし規制の名のもとに、 わずか1年余という短命で終わった、 RSの復活が待たれる中、、 昭和50年CVCCを搭載した 「RSL」として復活。 ロングドライブにも使い勝手が良いように、 3ドアのハッチバックスタイル。ツインキャブではないものの、 エンジンも1500ccに拡大され、 トルクの太さを重視。 他社が排気ガス対策による、 パワーダウンでユーザーを失望させる中、 対策を感じさせないCVCCは、 まさに名機であった。 ちなみに「RS」が、 レーシングスポーツではなく、 ロードセーリングの略であるとしたのは、 規制前後の公的機関の 厳しい対応をかいくぐるためであり、 心意気は、前者であることは、言うまでもない。 さて現車を見てみよう。 仕上げられた外装が美しい。 内装は一部変更されているが、 初代オーナーが女性ということも幸いし、 丁寧に乗られていた感がある。 少し背の高いミニバンが主流の昨今だが、その源流を辿ると、2BOXに行き当たり、そして、、2BOXの普及は、このシビックに行き当たるのだ。 先進性に長けたメーカーが造り出した一台の小型車。日本の自動車が世界レベルになったことを認めさせたのは、実はこの車だった。
価格 : 400,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名日産■車名グロリア■グレード2000ジャック・ニクラスバージョン■年式昭和60年式■走行距離56000キロ 実走行!■車検有効期限 ■ボディタイプ4ドアハードトップ■色純正ダークブルーメタリック■修復歴あり(クロスメンバー修理)■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッションフロアオートマ■排気量2000cc ガソリン■乗車定員5人乗名■型式E−Y30■装備フル装備■昭和60年の出来事◎NTT、日本たばこ産業が発足◎つくば科学博◎横綱、北の湖引退◎日本初のエイズ患者確認◎三菱銀行横浜支店、立てこもり事件◎上野動物園のパンダ、トントン誕生◎豊田商事の水野一男会長、報道陣の目前で斬殺される◎松田聖子と神田正輝挙式、テレピて実況中継◎不凍液入り有毒ワイン事件◎夏目雅子、白血病のため27歳で死亡◎日航ジャンホ機墜落。坂本九ら520名死亡の大惨事に◎『8時だよ・全員集合」、放送終了 ◎阪神タイガーズ、創設50年目で初の日本一 ◎シンボリルドルフ、6冠馬に ◎NTT、フリーダイヤルサービス開始 ◎伊藤みどり、中学生で全日本フィギュア優勝body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}ここでは「グロリア」の歴史は書かない。「売約御礼ガレージ」で探していただくと幸いだ。プリンス自動車のフラッグシッブカーとして、昭和34年に初代が登場以来、現車Y30(ワイサンマル)は7代目にあたる、今が旬な国産絶版車。国産旧車、絶版車の流通は、ある時点を過ぎると、急速にタマ数が少なくなり、そして良質なモノが出てこなくなる。そうした意味を踏まえ、「今が旬」と称している。 先代430型までの基調を踏まえながらも、エンジンは伝統の「L型」から、国産量産車としては初とも言える、V型6気筒(VG型)に移行。静粛性と性能面で大きく前進した。またグロリアならではの豪華な室内空間は健在。まさに移動する応接室!今思えば、当時の高級車は本当に高級感に溢れていた。今は本革シートで、はい高級です!と言ってる気がしてならない。確かにコスト面ではそうなのだろうが・・ さて現車を見てみよう。昭和60年式Y30前期最終型のハードトップ。そして、、特筆すべきは・・・「ジャック・ニクラス」バージョン。当時のゴルフ界の帝王、世界のジャック・ニクラスをメインキャラクターに、キャッチコピーの「静かな王国」も秀逸。静寂の中で、パターを打つシーンには、ゴルフファンなら、この車にゴルフバッグを積み込み、グリーンに出かけて行きたい・・・そんな衝動に駆られるだろう。本来シックな造り込みのグロリアから、シートデザインなどカジュアルなチェック柄に決め、特別グレードのエンブレムが眩いばかり。純正アルミホイールを装着し、躍動感が感じられる。 あくまで運転席重視。パワーシートにプラスして、4人分のシートメモリーを内臓。ウッド調のパネル類は何とも良い味わい。TVチューナーはクリアに音声を伝えてくれる。そして、、高回転域での「ドッカンターボ」。この頃までの車は、ターボの「ヒュュューン」という音が心地良い。グロリアは、、、平成16年に、45年間の歴史に幕を引いたわけだが、今上天皇が皇太子時代に、美智子妃殿下とのご成婚を記念し、名づけられた至宝の車名。このまま歴史に埋もれてしまうのは、あまりにも残念だ。
価格 : 500,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

メーカー名トヨタ車種名カローラ グレード名レビン年式昭和58年式 走行距離129800キロ車検有効期限- ボディタイプ3ドアHB色白/黒ツートン 修復歴-整備記録簿あり 引渡し条件現状・登録OK所有者履歴- ミッションフロア5速型式TE71排気量1600cc装備1-装備2-乗車定員5名装備3-備考 2colle旧車セールスポイントエリア「関東埼玉」 【超レア度 】排気ガス規制前後の四代目カローラ。中途からハッチバックなどを投入ワイドなバリエーションを誇る。通算695万台という世界的なベストセラーカーである。昭和54年、ホイールベースやトレッドを拡大した五代目、70系が登場した。 今となって感じることは、、あれだけ売れたのに「どこ行っちゃったの?」ということだ。きっとバブル時代の代替需要に翻弄されたであろう、この頃の車達は皆そうかも知れない。そんな古くも無いのに、姿を見ない谷間の車達。今回ご紹介するTE71型レビンもきっとAE86需要で消え去ってしまった、数少ない1台である。 そして27や86に挟まれた37や47のように、なかなか日の目を見ない1台でもある。トヨタの至宝「2TG」を心臓部に持ちながらも、走りはスムース。白黒ツートンのカラーリングも泣かせる。探してもなかなか見つからないTE71型レビン。レア度なら群を抜いている。86も良いけれど、71で峠攻めたりしたら、案外痛快かも知れない。 トヨタ・メガ@WEBヒストリックガレージ【歴代FRレビン展】出展車
価格 : 400,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名 トヨタ ■車名 カローラ ■グレード 1600GT ■年式 昭和60年式 ■走行距離 101000キロ ■車検有効期限 ■ボディタイプ 4ドアセダン ■色 レッド ■修復歴 あり(左インサイドパネル) ■整備記録簿 昭和61年〜 平成8年、18年あり ■所有者履歴 ワンオーナー ■ミッション フロア5速 ■排気量 1600cc ガソリン ■乗車定員 5人乗名 ■型式 AE82 ■装備 エアコン リアスポイラー フロントリップスポイラー 社外アルミホイール ■昭和60年の出来事 ◎NTT発足 ◎つくば科学博 ◎「二ュースステーション」スタート ◎「ウィ・アー・ザ・ワールト」 ◎横綱北の湖、引退 ◎日本初のエイズ患者 ◎三菱銀行立てこもり事件 ◎上野動物園のパンダ、トントン誕生 ◎豊田商事会長斬殺 ◎松田聖子と神田正輝挙式 ◎日航ジャンホ゛御巣鷹山に墜落 ◎夏目雅子27歳で没 ◎『8時だよ・全員集合」放送終了 ◎阪神タイガーズ初の日本一 ◎シンボリルドルフ6冠 ◎伊藤みどり全日本フィギュア優勝 body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;} 世界で最も売れた乗用車。 カローラ! と言っても今となっては、ピンと来ないだろう。 しかしながら、トヨタカローラこそ、 日本を、いや世界を代表する車である。 世界140カ国の人々に愛され、 累計3000万台以上も売れたのだ。 この脅威的な数字さへピンと来ないのだが(笑)。 子供の頃、裏の家のおじさんも、 前の家の奥さんも、斜め前の家のお兄さんも、、 みんな乗ってた「カローラ」。 あまりに数が多すぎて、 スーパーカー少年達には、悲しいかな・・・ 興味の対象にならなかった。 代々木公園の歩道橋から、スーパーカーの 御出ましを、カメラ片手に今か今かと待っていて カローラが通るとガッカリしたものだ(笑)。 「あ゛〜〜ぁ 今日はカローラとサニーばっかりだぁ〜」 そんな少年達にも唯一待ちわびたカローラがある。 当時のファミリーカー然とした国産車から一歩抜け出し、まだ聞きなれない「DOHC」エンジンをそのボンネットに無理矢理詰め込んだカローラこそ、TE27レビンである。 ニックネームの「じゃじゃ馬」も、少年達の興味心を掻き立てるに充分だった。 「ファミリーカーのカローラに115馬力の2T−G・DOHCを詰め込んじゃったんだぜ! しかも車重がさ・・・・」 それに、パブリカを加えた4車種が、昭和30年代から40年代初頭に完成。各々がバリエーションを 拡大し、今現在のトヨタラインナップになったと考えても良いと思う。 つまり基本の「き」なのである。 その「き」が世界中の人に受けに 受けた。 そこには全ての必要条件を満たした唯一の車だったのだろうと思う。もともとカローラは、国民車構想の具現化「パブリカ」とトヨタが誇る 小型乗用「コロナ」の中間を埋めるべく登場した車種。 当時のトヨタ車の車名には、頭文字に「C」がつくシリーズとされており、(一部車種を除いて)クラウン(CROWN)の「王冠」、コロナ(CORONA)の「太陽の冠」、そしてカローラ(COLLOLA)の「花冠」と、これまた「冠」シリーズのネーミング。 先日、東京はお台場の「トヨタメガウェップ」で開催された「歴代レビン展」から当店へTE71の貸し出し依頼があった。http://item.rakuten.co.jp/sepia/10007289/担当者曰く「TE27、AE86は揃うんです。 でもその中間が揃わなく困っていた。」とのこと。いや〜確かにTE37は元々少ないし、47も55も71も見ないよね。スポーツタイプのレビンだからこそなのだろう。と思いきや、あれだけ売れたカローラセダンにも、ほんと見かけなくなったモデルがある。まぁ、年式が下る初代から4代目の最期のFRセダン70系までは、いたしかたないとしても・・・5代目80系はどこ行ったんだ!? 内装などもカローラより上級を思わせる造り。 車体もよりワイドになって、バブル時代の到来を予期したような、あの80系カローラですよ。 バイト先の奴が夜中に黙って親の車に乗って、峠を攻めまくり、コーナーに激突してお釈迦にしてしまった、、あの80系カローラですよ・・・(汗)。(普通のカローラで峠攻めるか、ふつう?) きっとバブルの代替需要で、新世代の90系に取って替えられてしまったのだろう。 そう考えると、あの頃、、昭和50年代後半から60年代の車は、旧車としては新しいのに、残存数がやたら低い車種があるのも 頷けるわけだ。当店でも、70系80系を探しているという問合わせが年々増えて来ているのも事実。 そんな今となっては、さらに希少度が増している80系カローラの中でも、さらにレアなのが、、今回ご紹介する「カローラセダンGT」だ! 当店でも初めての入庫!と言えば、そのレア度がわかろうというもの。心臓部は、AE86レビン カローラFXGTと同じく名機(4A−G)ツインカム16。駆動方式は、この5代目よりFFに変更。ファミリーカーファミリーカーしている外面からは、想像もつかないレスポンス!(当時としては) さて現車を見てみよう。 貴重にも、ワンオーナーで生き延びてきたAE82カローラGT。セルを回すと、、そうそう「あの音」。小気味良い走りは、さすが4A−G。FFの取りまわしは、やはりFX−GTを思い出す。室内が広い分、何か得した気分。鮮烈な車体色「レッド」が印象的なじゃじゃ馬?いいや 子羊の皮をかぶった日本狼だ。 コロナでも書いたのだが・・ 今だからこそ、もう一度乗ってみてはいかがだろう? あの頃の 「GT」に!
価格 : 500,000 (税込)
ショップ : 旧車、絶版車の朝日自動車販売

メーカー名トヨタ車種名クラウン グレード名2000SDX年式昭和43年式 走行距離55000キロ不明車検有効期限 ボディタイプ4ドアセダン色純正ホワイト未再生 修復歴なし整備記録簿 引渡し条件 所有者履歴 ミッションフロアオートマ型式MS50前期排気量2000cc装備1エアコン装備2パワステ/パワーウィンドゥ乗車定員5名装備3社外アルミホイール備考 1colle旧車セールスポイントとても希少な前期SDXです!エリア「関東埼玉」 【ハイライフなオーナー車】昭和42年9月前年にトヨタ自工が設立した「デザインドーム」から一台の高級車が産声を上げる。 これぞのちに「白いクラウン」の名コピーで一躍高級車市場を席巻したMS50型三代目クラウンである。現在のトヨタの名声はこのクラウン抜きに語れないほどに市場を独占せんとばかりの勢いで売れに売れた。それまでの公官庁的イメージから脱却。黒い重々しいイメージから個人オーナーを増やすべく、イメージも「白」。またセダンを皮切りに、2ドアHT、バン、ワゴンと豊富なバリエーションを誇る。 「ハイライフ」を合言葉により高みのカーライフスタイルを提案。イメージキャラクターは、山村聡。廉価版のオーナースペシャル、オーナーDXを設定。好景気も相俟って、一躍個人需要が増え、シェアも36%から60%へと、驚異的な伸び率を示す。直線基調のデザインながらも曲面ガラスを採用するなど安定性とデザイン性をアピール。より先進的で洗練されたデザイン。 さて現車を見てみよう。先代に開発されたM型エンジンは静粛性でも秀逸。このM型エンジンは、平成の世になるまで脈々とトヨタの中核をなすエンジンとなる。フル装備という言葉も、この頃生まれたのであろう。エアコン・パワステ・パワーウィンドゥのセット。電動で動くパワーウィンドゥに当時の人々は心を奪われた。 今試乗しても、その静粛性は色あせない。個人需要うんぬん言われていた時代の車がこうして現代の街中を駆け抜けるのもなかなか痛快なものだ。人は先進的でありながらも、脈々とつながるものに魅力を感じるようだ。なぜならこの次世代のMS60は商業的に惨敗するのだからあまり突飛な未来型は受け入れられないということである。 それにしても未再生原型のままに、その佇まいを残す前期型のMS50クラウンも今となっては、大変希少性を増している。それにこのマスク!邦画のオカルト作品に出てきそうな(笑)なんとも特徴的な顔は当店でも4ドアとしては初めての入庫となる。子供のころ、親父さんや近所のおじさんまたはTVドラマなどで活躍したからなじみの深いクラウンとも言えるだろう。個人的には「キーハンター」でカーチェイスするMS50がお気に入りだが・・・。
価格 : 1,980,000 (税込)
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■メーカー名日産■車名シルビア■グレード1600 2シーター■年式昭和41年式■走行距離 推定走行不明■車検有効期限 ■ボディタイプ2ドアクーペ■色純正シャンパンゴールド■修復歴 ■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッションフロア4速■排気量1600cc ガソリン■乗車定員2人■型式CSP311■装備 ■昭和41年の出来事◎ビートルズ来日◎青森県三沢市大火◎全日空ボーイング727型機羽田沖墜落◎ボーイング707型機富士山麓に墜落◎NHK「おはなはん」放送開始◎人口一億突破◎百円札廃止◎タバコのパール・みのり販売停止◎「ひのえうま」で出生数前年比25%減◎バラが咲いた◎君といつまでも◎柳ケ瀬ブルース◎夢は夜開く◎ウルトラ マン◎戦争と平和◎プレイボーイ創刊 ◎おそまつ君 ◎オバケのQ太郎body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}.red {font-size: 12px;color: #ff0000;font-weight:bold} 日産 シルビア 初代 1600cc 2シーター 「ダットサンクーペ1500」として出品された、その車は、 翌年昭和40年4月、ギリシャ神話に登場する、清楚な乙女の名から、 「森」を意味する【シルビア】として陽の目を見た。 ダットサン・フェアレディのシャーシに、国産初の4速フルシンクロのミッション、 1600ccOHVエンジン、SUツインキャブから発生するパワーは、 90馬力。最高速165km/h。 この数値は、ヨーロッパ水準のスポーツカーを上回るとされ、大いに注目される。 特にそのデザインから、海外での評価も高く、 最も美しいカーデザインの 1台にも選ばれた。 「宝石のカット」「クリスプカット」などと呼ばれるボディデザインは、 ドイツ人デザイナーのアルブレヒド・ゲルツの指導の下、 日産のデザイン陣で仕上げられたもの。 継ぎ目の無いフェンダーなど、 当時日産系列の殿岡製作所の技術陣による、叩き出しによる、セミハンドメイド。 まさに職人技! (現在 殿岡製作所は、メリーゴーランドなどを造るトノックスと社名変更している)そのため、同じ外装パーツが微妙に合わず、後の板金職人が苦労したという逸話もある。本体価格120万円は、 サニーが3台、ブルーバードが2台買えそうなほど高価! セドリックでもDXだと97万円と 100万円を切る時代。 当時の月給が2万円とすると・・・ 何年分の年収? 今現在に換算すると、 一体いくらなのだろう? おそらくゆうに 1000万円以上だろう。 現行「日産GTR」でも及ばない 本体価格!初代シルビアは、高価な価格面、ハンドメイドによる生産体制などから、昭和43年6月までの3年2ヶ月という短命で、合計たったの554台を世に送り出し、2代目シルビアの登場まで、7年間 絶版となる。商業的に失敗したというより、初代シルビアは、当時 日産の「イメージリーダー」だったのかも知れない。シルビアは、一旦絶版した後、脈々と7代目まで37年間に渡って、車系を辿ったが・・・平成14年、惜しまれつつ2度目の絶版となる。歴史を刻んだライトウェイトスポーツが、また1台消えた。 さて、、現車を見てみよう。生産台数554台のうちの、239番目のシルビア。過去 リメイクされているものの、純正のシャンパンゴールドを纏った至宝の1台。シートは、フェアレディZ用に換装されているも、その他はほぼオリジナル。内装は、当店に入庫してから、2ヶ月かけて純白に張り替えた。残念ながらホイールキャップは欠品。維持しながら、気長に探すとしよう。 機関は、少し手を入れただけで、元気に蘇った。 細部は、納車までの宿題、 納期は現状でなければ、最低2ヶ月は欲しい。今こうして目の前にすると、とても小さな2シータークーペだ。「宝石のカット」とはピタリとくるコピー。とても42年前の車とは思えないデザイン。それに加えてボディカラーの「シャンパンゴールド」。夕日を浴びて金色が輝く様を見るにつけ、時を忘れ、しばしウットリとしてしまう。 街で見かけることは、あり得ない。 それもそのはず、、 ライバルメーカーの「トヨタ博物館」 の3階に、ひっそりと鎮座しているくらいだ。 一体何台が現存しているのだろうか? 当店では、滅多に無い「200万円」超えの本体価格。 その価値を見定めるのは・・・ 貴方次第です。